前頭葉

酒に飲まれ爪弾きにされていた彼に話しかけたのは、ヤス合成酒をあおりながら独り言ちる姿に、懐しさを感じたからだ。

仕事の愚痴、趣味の話、そしてやるせなさについて呂律の回らない口で、系統立てずに話し続ける。私はその姿に、在りし日の自分を見ていたのかもしれない。


店を追い出され、千鳥足で駅に向かう間、彼はひたすら同じ事を話し続けていた。

「なぁ……真実が、もしかすると妄想かもしれないんだ……昔は確かに妄想だった、でも、今は真実なんだ……俺はどうすればいいと思う?」

内容の異常さと切迫した声色に気付けなかったのは、酔いが回っていたからだろうか。それとも、彼を私自身として見ていたからだろうか。

あの夜から数ヶ月、彼が失踪したという話を聞いた。彼の家には、一冊の本以外何も無かったという。